スタッフ・ベンダ・ビリリとは

車椅子で活動する音楽グループ

五体満足で生まれることを当然と考えている人もいるかもしれない、しかしそれはあくまで一つの可能性であって必ず誰もが母親の母体から生れ落ちる時に手に入れる事の出来るモノではない。手足が機能する、耳と目、そして触覚といった五感機能が正常に機能しているということ、これがいくつもの奇跡が重なり合ったことで生じたことだと感じたことはないだろうか。筆者は自分がこうして目も耳もキチンと機能している、手を使うこと、足を動かすこと、物の感触を知ることなど、その全ての機能が生きているという事実を大事にしているつもりだ。そうしないと申し訳ないからだ、自分の体をキチンと作用するように大事に生み出してくれた母という偉大な存在に、このことを感謝せずに何というものなのだろう。

確かにこのことについて中学生ぐらいまであまり考えたことはない、小学生の頃など疑問に感じることもなかった。むしろ自分の周囲に身体の機能が生涯によって思うように機能しない人のことなど、知る由もなかった。子供というのは極めて残酷だ、筆者もそんな残酷なことをしていたうちの一人だろう。ただ障害というものを始めからキチンと理解している障害を持っていない子供が、始めからそのことを全て理解しているということでもないだろう。むしろ自分はああならないでよかった、と思う人が多いのではないだろうか。そんなことはない、そう思う人もいるかもしれないが虚ろ間違ったことは言っていないだろう。人間というものは何かと自分のことを最優先に考える生き物だ、子供もそういうことを理解しているからこそいじめという問題が若年期から生じることを考えれば納得が出来る、自分よりも力の弱いものを虐げることで自分がより上位にいるということを確かなものと感じる、それによって優越感に浸るのだろう。

実にくだらないものだ、障害を持たなかった事はたまたまだということに気付いたとき、自分の体がどれくらいの確率から生じた奇跡だということを考えれば、むしろそうして生み出してくれたことに感謝しても仕切れないと思うものだ。そのことに気付いたとき、筆者は自分の体を不用意に弄り回すといったことをしたいとは思わなくなった。不思議なもので、そう考えれば自分の身体ほど几帳面に扱うようになり、また障害を抱えている人にも哀れみというものを抱くのではなく、むしろ対等の人間としてみることを心がけるようにしている。無論何かと優先しなければならない面を考えればどこかで遠慮や同情といった気持ちがあるのかもしれない、でもそれがイコール、彼らを人間扱いしていないということには繋がらないと考えている。

こういう時こそ日本人の無宗教性には呆れるところだ、キリスト教における『汝の敵を愛し、汝の隣人を愛せ』という言葉を考えれば向こうの人々は凄いと思う。その理念に基づいて行動をしっかりと行っている人々が多いからだ。中には例外もあるだろう、それでも日本よりもマシだと思ってしまうところが悲しいところだ。

しかし日本はまだいいほうだろうと感じる、障害者というものが社会的に生じている事は確かだが、それが常ではないという事実を考えれば社会の機能が作用していることを理解出来る。そしてそんな問題を多く抱えている発展途上国の事を考えると、ますます自分達の境遇などを喜ばなければならないのかもしれない。息苦しい世の中ではあるが、何もしないで部屋の中に閉じこもっていることが出来る社会であること、それさえも出来ない国で暮らしている幼い子供たちと比べればどちらが過酷な状況、そして苦しい現実を味わっているかなど目に見えている。

それでも人間らしく生きている、この事実を少しはその目に焼き付けておかなければならない。どんな人にだって生きていれば楽しい明日は来ると、そう訴えているからだ。

そういった中で、障害を抱える人々の中には音楽にその身を寄せる人々も多い。日本でも専用の教室などが開催されているが、その中で今回はコンゴ民主共和国というアフリカにある国の中からうまれた障害者で組まれた音楽グループ『スタッフ・ベンダ・ビリリ』について少し話をしていこう。

アフリカで生まれた障害者音楽グループ

このスタッフ・ベンダ・ビリリとは、メンバー4人が全員三輪車椅子を使用しているという歌手兼ギタリストを担当しているグループとなっている。メンバーは全員、両親を無くしている孤児であり、そしてその体を病魔が襲っている障害者でもあった。メンバーは元々『リッキー・リカブ』と『ココ・ガンバリ』らによって結成され、動物園の近辺などの至って静かな場所で日々音楽の練習を行っていました。メンバーの一人であるロジェは缶詰のブリキ缶からサトンゲといわれる弦楽器を作成して参加して、彼らが住んでいるコンゴ民主共和国の中にある『キンシャサ』といわれている都市にて、路上で観光客目当てに演奏をしていました。

メンバー結成当初から知り合いだったのはリッキーとココで、2人はフェリー乗り場で働いている時に知り合ったことで、音楽を演奏しようということになっていった。そうした地道な活動をしている中で、ある時ベルギーのバンドである『アクサク・マブール』の『ヴァンサン・ケニス』の目に留まったことで、屈強のコンゴ魂でのクラムドディスクからレコードデビューするという展開を見せるのだった。

その後フランスのルノー・バレとフローラン・ド・ラ・テュライによって彼らを主役にしたドキュメンタリー映画を仕上げることとなり、カンヌ映画祭に出品されるなどの活動が行なわれ、日本にも2010年に来日して演奏を披露する機会があったということをご存知だろうか。とはいえ、さすがにこういった話は中々知ろうと思っても知ることが出来ないものということも十分理解できるところだ。むしろ障害者という存在が身近にいない人であるならまだ情報をキャッチすることもないかもしれない。事実、筆者は彼らのことを知ったのはこの原稿を書く際に初めて知ったほどだ。こうした身体にハンデを抱えている人々がこうした活動を続けているという事実、これは実際に身体に障害を背負っている人々の助けになる事は確実だろう。勇気付けられた人もいるかもしれない、またどんなに息苦しくても生きていくことは出来る、そういったメッセージを伝えたいと思ったからこそ、映画が作られたのかもしれない。

スタッフ・ベンダ・ビリリというグループについてもう少し詳細に調べたいと思っても、中々コンゴという国を調べても正直情報は中々掴む事が出来ない。そこで今回は彼らを題材にした映画『ベンダ・ビリリ! もう一つのキンシャサの奇跡』から、スタッフ・ベンダ・ビリリについて話をしていこう。

映画について

ではまず、その映画のあらすじから紹介していこう。

あらすじ

その始まりは2004年のことだった、コンゴを愛している二人のフランス人映像作家がとある日、コンゴ民主共和国キンシャサという都市の路上で、車椅子4人と松葉杖一人を含んだバンド『スタッフ・ベンダ・ビリリ』が奏でる音楽を耳にしたことから、この物語はスタートしていく。戦争による混乱と貧困で混沌と化しているキンシャサにおいて、障害を持ち、家の代わりに動物園で寝て、演奏をしている、当たり前と思っていた世界で暮らしていた人間からすれば地獄のような光景だろう。世界のどん底のような暮らしをしている中、スタッフ・ベンダ・ビリリが奏でる音楽には輝きを放ち、ただ純粋に楽しさを感じさせ、そして何よりメンバー全員が生きることに対して絶望を抱いていないという事実だけが鮮明に映し出されていた。彼らに魅了された二人は、アルバムの政策とドキュメンタリー映画の製作をすることを決意し、そのまま支援していくことを決めるのだった

撮影をしつつメンバーたちを支えていくこと早5年、ようやくアルバム製作を完了して世界同時発売をすることまでこぎつける。また数ヵ月後にはヨーロッパツアーも大々的に組まれることとなり、スタッフ・ベンダ・ビリリという音楽グループの放つ音楽とパフォーマンスに魅了される人々を多く残し、そして確かな感動を呼び起こすことに成功したのです。奇跡という言葉を使用するならまさにこの瞬間だろう、さらに映画も上映されるなど彼らの活動は留まることを知らなかった。

映画は2009年夏の成功までを描いたもので、『ベンダ・ビリリ』というタイトルになった。これはコンゴ民主共和国にあるリンガラ語において『外側を剥ぎ取れ』という意味だった。この言葉の意味するところは、障害があろうとも魂は自由だ、外側だけに捕われるのではなく内側を見るように心がけるべきだ、ということを伝えたかったのだ。彼らの生き方そのものを克明に表現したその映画は見る人を魅了することになる。

それと同時にこの映画によって、コンゴの現在状況、またアフリカ大陸というそのものの社会構造を理解することが出来るものでもあった。社会システムの端に追いやられてしまった家無き子供たち、そしてそんな彼らを取り巻く環境がいかに劣悪な状況なのか、路上で暮らしている人々に対して訴えることになった作品として大きな注目を集めることになる。特にメンバーのリッキーはリーダーとして、そして父として、メンバー達を引っ張り姿に共感する、その中でも特にメンバーの一人であるロジェとの絆は感動を呼び起こすものだった。

路上で暮らしている人々でも、頑張ればいつか道は開ける、そして笑っていればきっと迷うことないとする、そんな社会的弱者となってしまった人々に送る勇気の感動の物語だった。

この映画の凄いところ、それは内容が全て世界のある場面で実際に行われている事実であるということだろう。日本ではまず見る事のない場面ばかりだ、そもそもこんな生活をしていると考えることができる人もいないだろう。貧乏という言葉に苛まれ、さらに障害を背負っているメンバー達の表情は常に明るい。

今の日本人では到底考えることも出来ないような底抜けの明るさを誇っているところ、それがこの作品のいいところだろう。そしてこの作品を見れば今の自分たちが抱えている問題と、そんな自分たちとは比べ物にならないような生活を強いられている発展途上国の人々の、社会的弱者として追いやられている人々の生活を考えれば瑣末なことだと考えるべきだ。

その証拠ととして、彼らが歌唱している歌詞がいい例だ。日本人歌手の歌っている理想論やあるかどうかもわからない恋愛観をひけらかしている歌など屁でもない、リアルな事実を克明に表現しているからだ。

俺は丈夫だが、ポリオになっちまった

母達よ、ワクチンを子供に打ってくれ

日本語訳をした歌詞の一部だが、こんな社会の状況を真に表現した歌が今の日本には中々無い。最近では動画サイトにて宣伝として流れているものを聞くこともあるが、まともに最後まで聞くことができる人もいないかもしれない。あまりにも現実を感じさせるからだ、洒落になっていないからこそ受け止めたくないという気持ちもあるかもしれない、しかしそういった部分を包み隠さず現実を歌い上げることが出来るスタッフ・ベンダ・ビリリというのは凄い音楽グループだろう。

また彼らのレコーディングをする環境もまともにスタジオで録音をすることが出来ず、屋外で行うこともあったほどだ。そう考えると現在の日本でリリースされている歌など、いかにくだらないものが多いのかということが理解できるのではないだろうか。障害を背負っているからこそ訴えることが出来る、その形をより分かりやすく、そして力強く歌唱することができる力を備えているのも、このスタッフ・ベンダ・ビリリの特徴なのかもしれない。

障害を背負っている人はもちろん、そうではない人々で生きることに行き詰っている人にも是非とも彼らの姿を目に焼き付けて欲しいものだ。これほど生きることに対して活力を抱いている人が今の日本にどのくらいいるだろうか。抑圧された社会の中で自分を押し殺して生きている人が多い中、スタッフ・ベンダ・ビリリの活動スタイルは、今の日本にとって必要な部分がたくさんあるのかもしれない。

スタッフ・ベンダ・ビリリから見る、障害者と音楽の関係について

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